裸忍者の旅日記

通勤用に買い求めたバイクに魅せられて半年。よたよたしながらものんびり気ままに走っています。

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Category: ツーリング  

紀伊半島の最深部

明神池とVersys
(下北山村、明神池神社)

 8月も最後ということで、久方ぶりに十津川村の方面に行くことにしました。前回、果無から龍神方面に抜けたのが4月末でしたので、4か月ぶりということになります。今回は前回通ることのできなかった425号線を使って十津川から下北山方面にぬけることにしました。9月に入って台風が紀伊半島に上陸でもしたら、また通行不能になるかもしれないので、通れるうちに行っておくことにします。

425号線十津川村側入口
(425号線への分岐)

 この425号線の十津川村と下北山村の区間、龍神方面よりも走りやすい印象です。

十津川村から白谷トンネルを目指す
(舗装状態はきれい)

 道は狭いですが、バイクにとっては十分ですし、何といっても路面が荒れていないのは素晴らしいです。

白谷トンネル入口
(白谷トンネル入口)

 白谷トンネルまでのんびり走って30分から40分というところでしょうか。このトンネルも対向車が来なければ別段問題はありません。もっとも入口両脇のブロックがちょっと気になりますが。

白谷トンネル東側の光景
(白谷トンネル東側)

 トンネルをぬけると絶景が拡がっていました。道も徐々に改良が進んでいるみたいで、さすがに168号線までは行きませんが快適に走れる日も近いかもしれません。それはそれで少しさみしい気もします。

白谷トンネルから明神池を目指す
(下北山村方面へ)

 白谷トンネルから先も狭いながらも快適な道が続いています。結局、十津川村の道の駅から1時間半ほどで下北山村の明神池に到着しました。

明神池
(明神池)

 湖畔の木陰でお昼を頂くことにしました。

十津川のおいなりさん
(十津川のおいなりさん)

 8月とはいえ、さすが紀伊半島の最深部。涼しい風が漂う気持ちの良い一日を過ごすことができました。
(2011-08-30)
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Category: ヨーロッパドライブ  

ヨーロッパドライブ~第17章 ホタテの貝に込めた祈り~

17日目(雨のち曇り)
コキーユサンジャック
(サンジャックデコンポステルのレリーフ)

 今朝の一番にしなければならないのは、まず観光案内所に行くことです。昨日看板で発見したアレシアの場所を確認しなければなりません。
 観光案内所は、ホテルのすぐ目と鼻の先にあることを昨日のうちに確認しておいたので、9時になった時点ですぐに話を聞きに行きました。観光案内書の説明ではアレシアはこのソミュールから10キロほど東に行ったところにあるそうです。今日の目的地はヴェズレーなのですが、その前にアレシアに行くことは可能みたいです。というわけでアレシアに向けて出発。
 道はほとんど一本でしたが、アレシア周辺が工事中の通行止めだらけで、大きく迂回しなければなりませんでした。
 丘の上にヴェルキンジェトリクスの像が建っているので、おそらくあそこがアレシアの古戦場跡であるのでしょう。それ以外に周辺部での手がかりはまったくありません。

ウェルキンジェトリクス像1
(ヴェルキンジェトリクス像)

 おそらくこの像が建っているところが、ウェルキンジェトリクス率いるガリア軍が立て籠もった城塞跡で、おそらく周囲にはカエサルひきいるローマ軍が包囲した陣地跡などがあるのでしょう。ヨーロッパのノリだと、ローマ軍の攻城兵器を再現したものの展示とかありそうなのですが。結構有名な戦いでもありますし。もしかしたら何かあるのかもしれないのですが、霧が立ち込めて周りが確認できませんでした。
 雨足がだんだんきつくなってきたので、適当に切り上げることにします。
 ソミュールに戻ってからヴェズレーに向かうのが適当かなと思い、もと来た道を戻っていたのですが、途中でフォントネー修道院の行き先表示を見つけました。いったん車を路肩に停めて、地図を確認してみます。アレシアからさらに北へ10キロほどの行ったところにあるみたいです。せっかく近くまで来たので、ヴェズレーに行く前に世界遺産の修道院に寄ってみることにしました。
 フォントネー修道院には11時頃到着しました。今まで訪れてきた修道院の多くが、要塞のように武装していたのですが、このフォントネーは森の中に修道院の建物が点在しているだけで、高い城壁があるわけでもなく、近づきにくい岩山の上にあるわけでもありません。

フォントネー修道院1
(フォントネー修道院)

 これが本来の修道院の姿なのでしょうが、この攻撃的でない姿はむしろ新鮮に感じてしまいます。また結構質素なのも興味深い点です。

建物の大きさから考えてかなり有力な修道院だったことは見てとれるのですが、内装は至ってシンプルです。おそらくこれがシトー派の生き残るすべだったのかと、勝手な想像をめぐらしてしまいました。

フォントネーの木

 1時間もかからずにフォントネーは終了してしまいました。次はヴェズレーです。小さい町ですし、観光地としても人気のあるところ、混雑が予想されます。昼前後に到着するぐらいの余裕があっても良いでしょう。ヴェズレーはフォントネーからはソミュールにいったん戻ってエポワス、アヴァロンを通過して50キロほどのところです。途中のチーズで有名なエポワスで食事なんかとれればいいなとか考えていたのですが、この村は小さく食事の出来そうなところを見つけることはできないうちに通過してしまいました。
 その後はヴェズレーまで一直線。12時半頃に到着しました。

ヴェズレーの入り口
(ヴェズレーの入り口)

 村の入り口が駐車場になっていて、結構な数の車が止まっています。有料らしいので1日3ユーロを払って車を止め、宿探しに出発しました。
 車から一番近い宿に行ってみると部屋の空きまだ残っているとのことでした。村側に面した部屋が良いか、谷側に面した部屋が良いか尋ねられたので、少し高いが谷側の部屋を選ぶことにします。天井は低いがテラスがあるなかなか雰囲気のいい部屋でした。
 車から荷物を運ぶ前に食事をかねて村の中に入ってみました。教会に行く途中にあったちょっと高そうなレストランに入ってみます。前菜は豚の足のパイとブダン。

豚の足のパイとブダン
(豚の足のパイとブダン)

 メインは牛の頭の煮込み。

牛の頭の煮込み
(牛の頭の煮込み)

 どちらも地方料理です。牛の頭は塩味で柔らかく煮込まれていシンプルだが手の込んだ感じのする素晴らしいものでした。
 食事の後、教会に行って見ました。

ヴェズレーの教会の遠景
(ヴェズレーの教会)
 
 このヴェズレーはサンジャック=デ=コンポステル(サンティアゴ=デ=コンポステーラ)の起点となる村の一つで、古くからの巡礼地の一つとなっています。ですから、サンティアゴ巡礼の象徴であるホタテガイのモチーフが村のいたるところにあしらわれています。
 教会はロマネスク建築の傑作の一つに挙げられています。タンパンもよく案内書などに取り上げられています。

ヴェズレー教会のタンパン
(教会のタンパン)

 中はとてもシンプルで、後陣はゴシックが少し混じった感じの不思議な建物になっていました。

ヴェズレー教会内部
(教会の内部)

 教会の裏は広場になっていて周辺の村々が見渡せるようになっています。

ヴェズレー教会裏庭
(教会の裏庭)

 ここは村の端にあり、かなり見晴らしがよく、のどかな田園風景が遠くまで続いている感じです。

ヴェズレーの裏庭からの眺望1
(裏庭からの眺望)

 旅の前半に訪れたコルドに比べて緑が多い感じがします。これでもっと天気が良ければ本当に気持ちがいいのでしょう。
 せっかくなので村の全景をとれる場所を車で探しに行くことにしました。はじめに東のアヴァロン側に少し進んだのですが、景色のいいところに限って車を安全に停める場所がなかなかありません。

曇り空のヴェズレー
(東側からのヴェズレー)

 仕方ないので反対側に周ってみます。そこそこよさそうな場所を見つけることができたのですが、残念ながら空気がかすんでいてはっきりと見えなませんでした。

曇りのヴェズレー2
(西側からのヴェズレー)

 適当にキリをつけて村の周辺を車でドライブしてみることにしました。ヴェズレーそのものが幹線から離れた田舎の村なので、周辺の道もかなり狭くなっています。ミシュランの地図にはお薦めのビューポイントが掲載されていたのですが、正直よくわかりませんでした。ただ森の中をゆったりと走り抜ける感じは貴重な経験でした。
 宿に戻って夕方まで部屋で休むことにしました。なんとなく夜中以上にすっと寝入ることができるのは気のせいでしょうか。
 7時少し前に夕食ついでに夕景を眺めに出かけることにしました。

ヴェズレーの夜景1
(夕闇せまるヴェズレー)

 教会まで上ってみるとライトアップされていました。

夕方のヴェズレー教会
(ライトアップされた教会)

 もしかしたら村の外からの方がよかったかもしれません。
 写真を何枚か撮ってレストランを探してみます。観光地なので観光客向けの店が多いのですが、昼食の候補の一つだった店に入ってみることにします。
 前菜をエスカルゴ6つ。メインをアンドゥイエット。

アンドゥイエット1
(アンドゥイエット)

 このアンドゥイエットというのは一見ソーセージに見えるのですが内蔵を腸に積めて焼いたものでした。

アンドゥイエット中身
(アンドゥイエットの中身)

 ソーセージのようにミンチにしたり熟成させたりしていません。内臓のにおいがかなり残っているので、苦手な人には無理な感じです。トリップアラモードカーンのにおいと同じものです。あれが食べれる人なら問題ないでしょう。においがOKなら珍しい料理でなかなか楽しめました。
 明日はパリに帰るので、今日は最後の晩ということになります。ゆっくり休んで明日問題が起こらないようにしたいものです。
(17日目終了)


より大きな地図で ソミュールオーソワからヴェズレーへ を表示
ソミュールオーソワからヴェズレーまでのGPSログです。
(2011-08-28)
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ヨーロッパドライブ~第16章 変態シュヴァルの夢見た世界~

16日目(曇りのち晴れ)

理想宮の牛?
(理想宮の牛?)

 車なので列車の時間を気にする必要がないせいか、毎朝7時に起きて8時に朝食、9時過ぎ出発と規則正しい生活が続いています。その割には何となくぐうたら感が漂っているのはただの気のせいだと思いたいです。
 理想宮の開園時間は9時半なので、適当に時間をみはからってから出発します。残念ながら一部工事中なので完全な姿を拝むことができませんでしたが、長い間憧れていた理想宮です。

理想宮全景1
(理想宮全景)

 変態シュヴァルの理想宮。規模的には家一軒ぐらいでしょうか。全体に変質的なぐらいに装飾がちりばめられています。色彩は全くないし芸術的センスも全くないように思えますが、ここまで極めれば確かに注目を集めて当然でしょう。
 理想宮いろいろなモチーフが造形されています。まず動物シリーズ。たぶんこれはヒヒか猿のようなものでしょうょう。

理想宮の謎の動物3
(ヒヒか猿?)

 これはヤギか羊でしょうか。

理想宮の謎の動物2
(ヤギか羊?)

 ここまで来ると何か判りません。

理想宮の謎の動物1
(謎の生物)

 次に建物シリーズ。中世の城のようなもの。

理想宮塔
(中世の城?)
 
 イスラム風モスクらしきもの。

理想宮のモスク
(モスクっぽいもの)

 人物の造形もいくつか見られます。一番目立つ3人の巨人像。

理想宮3人の巨人
(3人の巨人像)

 屋根づたいに行列のようなわけのわからないものもあります。

理想宮の行列
(もはや何かわかりません)

 中は半地下のような内部が少し形作られており、当然変質的な造形で埋め尽くされています。

理想宮の内部
(理想宮内部)

 他にもたくさんの造形を見つけることができますがきりがないのでこれぐらいにしておきます。
 わざわざオートリーブに泊まって朝から覗きにくる観光客はさすがに私ぐらいしかいませんでした。長年のあこがれの理想宮ではありますが、規模的に何時間も滞在できそうにありません。適当に切り上げた後、オートリーブを離れることにしました。
 オートリーブを離れる前にシュヴァルの墓も訪れることにしました。なんでも、元々シュヴァルは自分の墓として理想宮を造ったそうなのですが、埋葬が認められず仕方なく村の墓地に小さな理想宮を新たに造ったそうです。

シュヴァルの墓
(シュヴァルの墓)

 まさに徹底してこの造形を貫いています。変態ここに極まれり。十分堪能したので気持ちよくオートリーブを離れることができます。
 今日の目的地はペルージュというリヨンの北にある村です。昨晩ガイドブックを見ながら思いつきました。中世のたたずまいが残る村らしいです。オートルートA7線に乗ってリヨンまで行き、リヨンの外周を回ってA42線を北東に進んだらすぐにたどり着けそうです。
 道の案内に従って進むしかないのですが、オートリーブを出てすぐに道案内からリヨン方面が消えてしまいました。あるのはパリ、ディジョン方面の表示のみです。同じく北だからいいだろうとそのまま進んでいたのですが、昨日来た道を逆に進んでいることに気づきました。後から考えればそのまま行って昨日の高速に乗っても良かったのかもしれません。ですが間違った気がしたので逆に戻りヴィエンヌ方面にひたすら進むことにしました。このあたりは道はそれほど広くはないがかなりまだらかな地形が続いています。ペリゴールやプロヴァンスのかなり険しかったの道とは対照的です。
 結局ヴィエンヌまで行って高速に乗りました。マルセイユとリヨンを結ぶ幹線道路なのでかなりの交通量です。このまままっすぐ行ってしまうとリヨンの町中につっこんでしまうことになりそうです。かといってパリ方面を目指すと混雑に巻き込まれて行き先がわからなくなりそうです、地図で確認する限りは空港脇のA432線を抜けるのが一番早そうです。
 細かくジャンクションで線を乗り継がなければなりませんでしたが、道が空いていたせいもあってぺルージュ近くのインターチェンジまでは間違わずに到着することができました。ですが高速出口で間違えてフランス版ETCのレーンに入ってしまう(dの表示があります)。後続車もなかったのでいったんバックして改めて現金支払いのレーンに入り事なきをえました。
 一般道に出てからペルージュまではほぼ道なりに行けばいいだけなので、迷うことなく村の中に入ることができました。

ぺルージュ全景
(ぺルージュ全景)

 ですが、村の規模が小さすぎて駐車場を探している間に反対側に通り抜けてしまいました。バックしようにも一方通行なのでもう一度外側を周って外周をまわって村の入り口に戻らなければなりませんでした。
 結局村の手前にしか駐車場がないことがわかりそこに車を止めて、歩いて村の中に入りました。ただ今の時刻は12時半。観光案内所が村の入り口にあったのですが、2時まで休憩中だそうです。
 仕方ないのでそのまま村に入ります。なんでもペルージュは20世紀初頭にはほぼ廃墟同然になっていたそうなので、近代の開発の影響がなく、昔の面影が残っているみたいです。

ぺルージュの街並み
(ぺルージュの街並み)

 今は人も戻っていて中世の面影を観光資源としているみたいですが、いまでもかなり荒廃感が漂っていました。一度廃村になったものを復活させるのはなかなか難しいのでしょう。

ぺルージュの街並み2
(廃墟もちらほら)

 村は3分ほどで1周できてしまいました。今までの最短記録です。確かに中世の面影が残っていはいるのですが、生きている感じがしません。

ぺルージュの花壇
(ぺルージュの花壇)

 あまり魅力を感じることができなかったので、一泊するほどでもないとの結論に達しました。そんなわけで昼食を済ませてから次の町に行くことにします。
 村の中のレストランが2軒ほどあったのですが、一軒は一食採るのに100ユーロぐらい払わなければならないみたいなので、もう一つの安い店にします。コースメニューを注文しました。前菜を肝臓の煮込み。

肝臓の煮込み
(肝臓の煮込み)

 主菜をカエルのニンニクバターソテー。

カエルのソテー
(カエルのソテー)

 なかなかヘビーな料理でしたが十分楽しめる良い食事ができました。

ぺルージュの猫
(食後に町で見かけた猫)

 食事を終えて3時頃出発します。行き先はソミュールアンオーソワ。ディジョンの北にある小さな町で、ここも古い城塞が残されているらしいです。昼食中、料理が出るのを待つ間に決めました。基本的にはリヨンまで行ってオートルートA6線をひたすら北上するだけです。ただしディジョン直前でパリ方面のルートに入らないといけないのが注視点です。
 リヨンから先はパリに向かうルートなので交通量は多いですが、フランスにおける大動脈である以上道の状態はかなり良いです。道を間違えないようにディジョンへの分岐の手前で道の確認をかねて給油に立ち寄りました。まだソミュールアンオーソワまでは100キロぐらいの距離がります。
 ディジョンへの分岐を通過するとなぜか道が空いてきました。パリ方面なので混雑して当然だろうと思っていたのですが、交通量はかなり少なくなっています。どうもこのあたりは起伏が激しく走りにくいので避けられているみたいです。
 ソミュールアンオーソワ出口の手前で、アレシアの看板が目に飛び込んできました。アレシアとはカエサルのガリア戦記に出てくる古戦場でガリアのリーダー、ヴェルキンジェトリクスとカエサルとの最終決戦の場です。たまたま昨夜、アレシアがどこにあるのか地図で探していて見つけられなかったのですが、まさか今日の目的地のソミュールの近くにあるとは思ってもみませんでした。ソミュールで訪ねてみるのもいいかもしれません。
 インターチェンジを降りてからソミュールまでは10分ほどで到着しました。6時前に町の中に入ることができました。町の中心部に向かってくる間を走らせていると右手にホテルの看板を発見。ほぼ町の中心っぽいのでここに宿を決めました。
 日没前後をねらって町に繰り出しました。といって日暮れ前後の街並みを眺めての散歩ぐらいしかできません。

ソミュールの橋
(夕暮れのソミュール)

 今回の旅行では夕方か朝方に町を歩いて、昼間はひたすら車で移動を繰り返しているパターンがほとんどです。目的と手段が逆転しているようです。
 橋の向こうから古い町並みを眺めてから宿に戻りました。

ソミュールの橋2
(ほとんど夜になっていました)

 ホテルの隣の簡単なレストランに夕食のため入ります。メニューをみるとそこにはエスカルゴの文字が。そうだここはブルゴーニュなんだといまさらながらに気が付きました。そんなわけで夕食はエスカルゴ12個とステーキのエポワスソースに決定。

ソミュールのエスカルゴ
(エスカルゴ1ダース)

ステーキのエポワスソース
(ステーキのエポワスソース)

 ピザの宅配もやっているような店なので、内容はまあそこそこでしたが。
 ホテルに戻って明日に備えることにします。部屋は道に面していてある程度騒がしいことが予想されますが、夜中はこんな田舎町、ほとんど車も通らないでしょう。
(16日目終了)


より大きな地図で オートリーブからソミュールオーソワへ を表示
オートリーブからソミュールオーソワまでのGPSログデータです。

(2011-08-21)

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